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2009/01/04

Car As A ’Service’:無料化する自動車?

先日高校の同窓会に出てきた。

同回生あたりは自動車業界と建設業界の人たちが多かった気がするが、クリスマスから成人の日まで強制的に休暇で、1月中は週休3日で残業不可なんて会社もザラにあるとかで、とにかく不況な幕開けだった。

トヨタ関連なんかは出勤日があるだけマシで(以下略)らしいとか、アルバイト求人雑誌なんか年末は求人が倍になるはずが雑誌の厚さが普段の半分になって、このままだと広告会社と印刷会社と派遣会社ごと(以下略)。

それはさておき自動車が売れないらしい。ガソリンも夏の200円近くから100円切るまでになりつつあるのにね。

前にも言ったけど、(http://richard-wong.cocolog-nifty.com/tron/2006/01/post_6502.html なんでもシェアリング)俺は現在電車通勤なので、普段は自動車はそんなに必要ない。今んとこ。

それでも、買い物だ、送迎だ、資源回収だ、今後は介護?などのために、やはり車は必要だ。そうすると、スポーツ的要素の車などビタイチ選んでる必要などなく、いわゆる軽ハイト、要するにワゴンRとかムーブとかライフとかみたいなユニバーサルでユーティリティデザインって感じのが選択肢としてとても有力になるし、実際そんな感じだ。こないだ近所のスーパーの駐車場にあるのが10台中10台ともワゴンRだったのには吹いた。カローラがあれだけ上げ底でカウントしてもワゴンRに勝てないわけですな。まして販売利幅の大きな高級車をや。

まあ、バブルの頃みたいにニューモデルが出たら車検が来る時に買い換えてみるって人はいなくなって10年使い倒すようになってきたってことかな。

ケーシー高峰風に専門用語(テクニカルタームね)でいうと、計画的陳腐化戦略の終焉だって言っちゃえばそれまでなんだけど。なるほど、計画的陳腐化戦略の元祖GMの景気が悪くなるわけだわい。

ウィンドウズで言うと、ヴィスタにしなくてもネットブックとXPで充分、お腹いっぱいですってのと同じですな。 

人口が多くてお金持ちの多いだろう都市部では、公共交通機関が発展していて自動車は高価で不便で危険って感じなのかもしれないし、ローカル線も廃止になるようなお金持ちの少ない地方では他の選択肢を当たる必要がないってことなんでしょうか。

するってえと、セオドア・レビット言うところの「マーケティング近視眼(マイオーピア)」に陥らないために、自動車業界の果たす社会的使命、満たすべき顧客満足というのを定義し直す必要がある。

http://diamond.jp/series/bizthinker/10013/
セオドア・レビット マーケティングの本質

自動車を作って売ることが、自動車産業の究極の目的ではなく、移動・運搬の手段を提供するためのサービス・プロバイダってのはどうなのか?いわゆる「所有から利用へ」って感じね。サービス業としての製造業。流行語で言うと「サービスとしての車:Car As A ’Service’」。略してCaaS(笑)。意外と語呂がいいかも。

目的地に移動するためのサービスというところまで抱合するなら、情報サービスとレンタカーというかカーシェアリング的なユビキタス移動アーキテクチャの構築という感じではある。ついでに、目的物の運搬も、ってことでネットスーパーのサービスも付けちゃおう。実際、旅行といえば遠乗りだし、普段はチョイ乗りにしか使わないんだから、一台の車に背反する用途を求めるのもあんまり合理的じゃないね。

んだけど、必要なときに必要なモノを必要な分だけ移動するって言い換えると如何にもトヨタ風に聞こえるのは何故だ。オンデマンドってのも流行った気がするけど、自動車業界もそんな感じに?どのみち需要がなければ製造しても仕方がないわけで。自動車絶望工場ってのもあったしな。

しかし、そうしてみると自動車利用の広告無料モデルとかが適用できそうな気がしてくるなあ。ケータイ電話とか1円パソコンみたいな感じで。

http://memo7.sblo.jp/article/24084270.html
「技術は無料になりたがる」

電気自動車のスタートアップ時におけるイニシャルコスト(高いよね)とモデルチェンジのしにくさ(多分しにくいよね?)と量産と整備の難しさ(難しいよね?)を考えると、初期はカーシェアリング&広告モデルで普及を図るべきなんじゃないかと。

旅客航空機運用のビジネスモデルみたいな感じで行くしかないんじゃないかと思うけど、どうかしら?
つまり、同じ機体を長ーーーーく使って元を取るスタイルね。

まあ、ミシュラン・アクティブ・ホイールみたいなのを使って、シリコンバレーとかから新規参入がドバーと入って、DOS/Vパソコンみたいに電気自動車もあっという間に安くなるのかもしれないけどさ。

それはさておき。

これからの人口減で、ライフスタイルも変わるし、インフラとしての道路だの橋だのを新設する余力はなくなってくるのに、維持・更新費用は増大するわけで。

そうしたインフラ整備レベルでの変革、英語で言うと”チェンジ”の年になるのかもしれない。高速道路も新設しなけりゃ安くなる罠。

ちなみに「チェンジ」を日本語で言うと「変わらなくちゃ(笑)」これが「変わらなくちゃも変わらなくちゃ」あたりになってくると、イチローも海外流出が近くなって来るような。ゴーンさん以前の日産自動車CMの話についてこれないという話は無視の方向で。麻生内閣とビッグ3とWBCは今後どうなるんかねえ。

宇沢弘文の『自動車の社会的費用』も未だに読んでないな、そういえば。

しかし、あんまり考えることって変わんないな。
http://richard-wong.cocolog-nifty.com/tron/2008/07/post_af16.html
自動車からの脱却

ちなみに、Car As A ’Service’でググるとこんなん出ました。
http://www.ingentaconnect.com/content/ind/ijatm/2006/00000006/00000001/art00003
Co-production of the car as a 'service': involving customers in the value chain

明日から仕事だから、ありがちかつ無駄に長い文章を書いてみました。ここまで読んだ方はお疲れさまでした。

ではまた。

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コメント

エントリの元ネタのひとつである

新版 マーケティングの革新未来戦略の新視点
セオドア・レビット:著 土岐坤:訳 を久しぶりに読みかえしたら、アメリカ自動車ビッグ3のマーケティング不在をこき下ろしてました。

もう50年近く前の本の筈なんですけどね。マーケティングとセリングは別物だっていうのは、それはそうかも。

投稿: halftable | 2009/01/08 22:29

http://blogs.itmedia.co.jp/akemi/2009/01/zipcar-9d9e.html
時間単位で車を貸します:Zipcar

もうどこかでは現実なのかも。
保険の問題さえ解決できれば近所で互いに貸し借りってのも立派にカーシェアリングだとか。

個人的にはドライブの喜びより楽して安く目的地に着ければなんでもいいです。

投稿: halftable | 2009/01/07 21:24

丁度この間、研修でタクシーの新しい機能を考えよ、みたいな課題があったのですが、そこで広告でタダってのを考えたんですわ。
ラッピングは元より、客席用ディスプレイにもCF流すと。行先近辺のプッシュ広告も混ぜたりして。

最終的には完全自動にして行先も自分でセット?(近距離専用ならいけるんちゃう?)

ワンコインや料金前払いもいけるかもねぇ。
電子マネー決済の普及はもう少しかな。
バスとタクシーの中間的なもの?

投稿: リチャード・王 | 2009/01/07 10:19

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