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2006/04/09

仮想BTRON戦記その3

1988年4月には日立、Gマイクロ200を初めてのTRON仕様MPUとして正式発表。

1988年4月13日にはNTTがBTRONとGマイクロを採用したワークステーション計画を発表している。

1989年8月号 雑誌: コンピュートピア P26
"NTTデータがBTRON採用を検討 米国メーカーと共同開発へ"と言った発表もあったので、NTTはかなり実現に向けて検討されていたと思われる。

1989年8月にはそうした活動の高まりを受けてBTRON-CLUBが発足した。
BTRONの発売に備え、BTRONに興味を持つ人の集まりとして、ボランティアによる参加を前提として結成。


1989年2月には、主に松下の呼びかけだと思われるが、BTRONソフトウェア懇談会設立準備会が開催された。

BTRONの事業化とソフト供給の協力を図るため、ソフト開発・供給企業等22社が集まって結成された。

1989年3月は、BTRONの運命を政治的技術的に色々狂わせたんじゃないかと思われる、CEC教育パソコンにTRON採用を正式決定があった。
NECを含めた各社試作機が出揃った事を踏まえ、BTRON搭載教育パソコンを統一仕様とする事を正式決定。

USTRからスーパー301条の対象になったのはその直後である。


1989年4月28日にスーパー301条にTRONを指定。

アメリカ通商代表部が「1989年版貿易障壁年次報告」を提出。日本関連の「不公正貿易」と称して34項目を指定。
その中にTRONが「TRON-OS開発への政府支援がアメリカ企業にとって不都合」として含まれた。
この他、スーパーコンピューターや半導体などの7分野が取り上げられ、「アメリカ製品のシェアが少ない」という結果主義による輸入増加要求に、各方面から疑問が出る。

一度は日本側の抗議が実ったのか、指定は撤回された。

その後、アプリケーションを増やすために、協議会は開催されていった。

1989年5月23日 BTRONソフトウェア懇談会発足

第1回懇談会で、アスキーの「STUDY-CAD」「STUDY-CARD」、ワードスタージャパンの英文ワープロ「WORDSTAR」、エイセルの表計算「ALL5」の発表。

1989年9月1日 BTRONソフトウェア懇談会、第2回懇談会
松下の「BTRON・Ver1.2」「AVエディタ」、神津システム設計の「BTRONの開発環境」、日本電子計算の図形管理システム「助っ図君」の発表。


1989年10月24日には教育パソコンとして、シャープ・三洋・三菱・沖が共同でAXに移植したBTRONOSと搭載マシンをデータショウで公開。教育現場での統一機運の盛り上げを狙う。

もう、AXってなんだか知らない人のほうが多いよね。
なんてえの?DOS/Vの始祖鳥みたいなもんか?

1990年1月30日BTRONソフトウェア懇談会、第3回懇談会

神津システム設計の「シンボリックデバッガ」、日本航空の「BTRON仕様端末予約システム」の発表。


そして、1990年2月1日トロンプロジェクト専門誌として、パーソナルメディア社からトロンウェアが創刊された。

何もかも順調だったかもしれない……。ここまでは。

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