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2006/01/20

吉原治良

無理矢理三題話でこじつけTRONネタにするのもなんなので、またもやリハビリ企画。

現在全国巡回展中の具体美術総元締めである吉原治良展を愛知県立美術館で見物してきた。

芦屋の美術館が経営難なので虎の子の展示を出してきたということなのでしょうか。

もの派~具体美術再評価の波ってことなのかな。

で、感想。


戦前の絵が藤田継嗣風ということで、事実上の孫弟子的状態だったようですが。
もっとも、藤田ほど緻密な作風ではないようですし、技術・モチーフとしても縮小再生産的な画風ではある。

人まね(というか俺の弟子の物まね)するなって言ったそうですが、その辺を嫌ったんでしょうな、レオナール・フジタ。

その後、シュールレアリズムというかマックス・エルンストあたりから直接影響を受けているような、晩年の三岸好太郎のような画風に。

そういえば、戦時中描いたという小品の中に三岸のような蝶をモチーフにしたものがあった。


戦前のほのぼのとしたロシア風の絵本なんかも出していて、最先端の美術情報をほぼ直接得ていたことが伺える。マレービッチからの影響と思われる作風はそちらあたりから受けたのだろうか。
その後、フランシス・ピカビアや、ロシア構成主義やマレーヴィッチのスプレマティズムの影響を受けたような幾何学的完全抽象に進む。

戦前なのに、これだけの情報を神戸でどうして入手できたのか?商売をやっていたから直接買い付け、見学なのか?


戦中の作品が意外といいんですよね。叙情的で。


戦後は、具体美術の立ち上げで、ヨーロッパの美術史、とりわけアンフォルメルの文脈に具体美術を関連付けさせることに成功させている。

スーパーフラットという宣伝文句というかくくりでアメリカの現代美術史に割り込もうとしている村上隆の先祖みたいな人なわけだ。GEISAIみたいなもんか。

そういえば、ワールド・イズ・フラットって本が話題になっていたような。


日本人はコンセプチュアルな戦略は苦手、ってことですが、TRONだってコンセプトから入っているわけで、「日本のものづくり哲学」での藤本隆宏のいう体育会的な内部インテグラル・外部インテグラルが主流であった今までの日本の立ち位置から、ちょっと頭を使った内部インテグラル・外部モジュラーな水平分業的志向をやっていた人は昔からそれなりにいたと言えることになるのかな?

いちいち部品を一から作って全部すり合わせて作ってたら手間暇かかりすぎるから、接続・外部仕様を決めて(外部モジュラー)、内部は作りこもうぜ(内部インテグラル)ってのはまさにTRON。

でも、日本ではコンセプチュアルな戦略という方向で評価されようぜってのは周りの理解は得られないんだな。


そうした、コンセプチュアルな部分の批評競争に勝てなければ、国際的「ソフト・パワー」があるとは評価されないと思うのだが。

アニメやオタクがどうこうなんて、メインカルチャーにできるだけの抽象的ゲージツ論争に勝たなければ、コマーシャル・アートのキワモノゲテモノで一時的に消費されて終わりなわけだし。


さて、どうしたものか。


あとは一般論として、現代書道から影響を受けたような抽象画が、アメリカのニューヨークオールドスクールっぽく見えますね、やっぱり。

色とかマチエールとかきれいですね。


晩年の十牛図というか禅画のような白黒の円相環がこないだ見た李兎喚みたいである。禅的なところに戻るというか、十牛図的な自己言及と言えなくもない。

そんなことを思いました。ではまた。

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