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2006/01/03

1991年のMS-DOSとTRON

ウィンドウズ95から早くも10年経ったんだなあ。
ということで、ネタもないし個人的なパソコンの記憶を印象で語るのであった。


http://pcweb.mycom.co.jp/special/2006/windows20years/004.html
Windowsの20年 - その足跡のすべて、そしてVistaへ

1992年4月6日には待望のWindows 3.1が発売された(日本語版は1993年5月18日)。

http://www.atmarkit.co.jp/fwin2k/special/win9xorwin2k/column_winhistory_2.html
1992年――Windows普及の立役者、Windows 3.1

90年代の初めは、OSの日本語化に1~2年以上かかると言うのはごくごく当たり前の話だった。それほど日本語の壁は高かったのだ。

Windows95の日本語化が3ヶ月程度で完了したのと、てんこ盛りのデバイスドライバと通信プロトコルを見て、ああ、これでほかのパソコン向けのOSは勝ち目が完全に消えてしまったなと思ったのを覚えている。
日本語版95の発売日の新聞を読むと、恥ずかしいほどパソコンの広告しか載っていなかったし、勝負あったと思った。

もっともWindows98が出るまでは意外と苦戦してたような気もするけど。気のせい?


1991年というのは私がパソコンに始めて触った年である。
職場の隅に転がっていたPC9801だった。
30メガの内蔵ハードディスクと2メガに増強されたEMSメモリと2400ボーのモデムと調子の悪いドットインパクトプリンタがついていたような気がする。それで、一式80~100万円ぐらいしたもんだ。
はっきり言って、今の携帯電話のほうがよほど性能が良い。

まだ、5インチのペラペラのフロッピーディスクがバリバリ現役だったころの話である。
ちなみにハードディスクがついていたにもかかわらず、最初はフロッピーからシステムとアプリを起動していたのは内緒だ。
ちなみに、ワープロ専用機では8インチフロッピーが現役だったのも思い出される。

もう5インチや8インチのフロッピーの存在自体知らないよな(泣)。

先日、1.25MBフォーマットのディスクが読めなくて困るという相談を受けたが、パソコン屋のニーちゃんがなんですかそれ?みたいな顔してたもんな。

とにかく、経理事務だの報告書だのと計算する仕事が山ほどあったので、入門MS‐DOS(1989/12)村瀬 康治を読んでMS-DOSとマルチプラン(その後すぐにロータス123)とconfig.sysとautoexec.batを必死になって覚えたな。
最初はFDやエコロジーIIといったファイラーもない、素のMS-DOSだったので、ファイルの階層管理(ツリーディレクトリ)の概念が分からなくて困った。

そんな訳で、電卓とかソロバン(一部で現役だった)が苦手な私は表計算ソフトにはとにかく感動したな。
なんといっても3時間かかっていた仕事が20分で終わるわけだし。

しかし、パソコンのワープロソフトは使うことは無かったですね。
一応、一太郎4.3も利用できたけれど、ワープロ専用機(デスクトップ)の方が格段に性能が上だった。
なんといっても、ワープロ専用機はWYSIWYGでアウトラインでスケーラブルフォントがレーザープリンタで印刷できた。

当時の一太郎と言えば、組版ソフトに毛の生えたような画面表示で、どのように印刷されるのか分かりにくかったし、ESCキーからメニューを選択すると言う操作体系にもまったく馴染めなかった。倍角とか4倍角って記号が入るだけだったもんな。

ただ、ATOK7の仮名漢字変換性能には感心させられたので、いずれPCのワープロのほうが主流になるだろうとは思ったが。

1992年は、データベースソフトとして桐4を使って名簿管理をすることになった。
当時はワープロ、表計算、データベースがビジネスソフト3種の神器と言われてたわけですけど、今データベースソフトを一般的に見かけないのは残念だ。もっともアクセスのサポートセンターなんかがあっても困るだけだろうけど。

リレーショナルデータベースといえば、データに番地(ID)を付けてほかのデータと関連付けることが出来て、ほかのデータを再利用できるのがとても便利なわけですけど、これをファイル管理に応用できないのか?と思ったついでにハイパーテキストの概念を知り「TRONからの発想」を読んでしまったのが運のツキでしたね、私の場合。

Windows3.0や3.1も多少は触りましたが、MS-DOSに慣れていたので、とにかくGUIが面倒で仕方なかったです。
とにかく不安定で動作も遅くデバイスドライバはなく不満ばかりが溜まりましたね。

あの辺からパソコン雑誌は信用しなくなりました(笑)。

93年から96年ぐらいに超漢字3程度のものが出ていれば、と思うことも無くは無いけどそれでもFM-TOWNS程度で終わっただろうなという気はします。

ではまた。

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