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2005/09/01

究極のノイマン

都内某所に美卓龍(びーとろん)倶楽部というトロンを味わい尽くすための私設研究所がある。我々えふとろん編集部は特別に許可を得て取材を敢行した。

「このOSを作ったのは誰だあ!!」
研究員へ坂村教授の容赦ない叱責が飛ぶ。表では見せない厳しい態度だ。

美卓龍倶楽部の有力会員は坂村教授の指導をこう評価する。

「ほんの数行のバッチから、同じ重さの純金より高価な試作品まで、そこには一切の妥協というものがない。コンピュータの本質とはこんなものだったのかと、目からウロコが落ちる思いがする。それが全て坂村健という男の頭脳とその演出によるものなんや。えらい男やで。」


「今更、ノイマン・アーキテクチャですか?」という声を押し切って「究極のノイマン・アーキテクチャ」を目指す教授の姿勢に疑問を持たれる方もおられるようですが?

「では聞かせてもらうが、ノイマン・アーキテクチャのノイマンとは何だ?」
そこからは、フォン・ノイマンが理論化したストアド・プログラム方式から始まるコンピュータの歴史絵巻が教授の口から豪華絢爛に展開された。

「コンピュータを芸術にまで高めた男」が眼前にいることを改めて理解させられた。


その後、われわれ編集部はWindowsVistaのβ版を坂村氏に試用してもらった。

「むう、この鈍重な動作はどうだ。」「これだから他人の作ったコンピュータを使うのは嫌なんだ。」
そこから繰りひろげられる辛辣な言葉は普通の人が聞いたら卒倒しそうな内容であった。


われわれ編集部はWindowsがデファクトになった現状についての見解を伺ってみた。
「でも日本人も悪いんですよ」

たしかに80年代のコンピュータは汎用機が主流であり、シリコンチップのマイクロコンピュータがその後コンピュータの主流になると言う観測は業界としては予想の範囲外だったかもしれない。
しかし、その後のマイクロコンピュータの発展の歴史は坂村氏の当時予想したとおりとなった。

その後、ITRONやCTRONの成功は見たものの、超漢字4以降のBTRON、そのビジョンはどうなっているのか。
編集部がそのことに触れようとした時、坂村氏が口火を切った。

「これを試していただこう」
そう言って坂村教授が持ち出したのは、新世代BTRONの試作品であった。

いや、試作品といっても、OSとしてはほぼ完成の域に達しつつあるものであった。いつの間にこんなものが……。

http://www.chokanji.com/ck4/webp/r42.html

早速われわれは、立方体のハードに詰め込まれた新世代BTRONを試してみることになった。

「まあ、ブラウザのリンクが自由自在に」
「この動画再生の滑らかなこと」
「ちょ、ちょっと。このエージェントの作りやすさはどうなのさ。」

われわれは陶然としたまま美卓龍倶楽部を後にしたのだった。

たぶん、BTRON-CLUBってこんな感じじゃないですかね。行ったことないけど。

どこかに山岡役になりそうな人がいないかなあ。

「……あんた坂村はんとこのお弟子さんと違うか……?」

「その男はコンピュータの設計に異常なまでにこだわり、そのため周囲の人間を不幸にした。俺はそんな人間になりたくないんだ。」

「中学になると有無を言わさず美卓龍倶楽部に入れられて、コンピュータの全てを叩き込まれた。俺の青春は奴のコンピュータの犠牲になったようなものだ。だが、俺はまだいい……。」

「何が美卓龍倶楽部だよ。タダのコンピュータ開発じゃないか。」

「あの男をコンピュータで平伏させるためには、俺自身、とことんコンピュータにこだわらなくっちゃならないんです。」

「いいや。俺はまだあの男の手のひらの中にいる。だが見ていろ。今に必ず俺の前にひれ伏させてやる。」

とかなんとかで劇終(もちろん続かない)。

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