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2005/02/11

民藝とオープンソース

駒場の東京大学先端科学技術研究センターのすぐ裏に日本民藝館がある。
近代的なビルと大谷石の民藝館。なんとも、対照的な風景だ。

ソフトウェア職人気質を読んでから、思いついたことがあるんですよ。

それは、オープンソース運動と民藝運動ってなんとなく似てないですかね?ってことなんですけど。
そんなことをトロンなユビキタス的に考えてみた。

TRONが入っていればオッケーという前振りが終わったところで

民藝とはまた古くせーとか何ソレという向きもあるでしょうがまあ聞いてつかあさい。


ソフトウェア工学をさほど必要としない規模の、工芸としての比較的小規模なソフトウェアが世の中多いんじゃないかと。

フリーソフトにクラフトマンシップが何故あふれるのかは、前掲書を見ていただくとして、その結果としてフリーソフトと民藝的価値観にはなんとなく共通点があるように感じる。

といった流れで民藝品の特性をみてみると


実用 複数 労働 廉価 無銘 地方 伝統 他力 分業 となっている。

実用

もちろんオープンソースは実用を前提としている。
なんたって、自分が使いたいから作るわけだし。

複数
数多く使われるために、色々ライセンス形態を考えている。まあ、それが不自然といえば不自然な世の中かもしれんけど。
T-Licenceなんかもまあそのひとつに入るのかしら。

労働
良いものは、やはり熟練した経験から得られるものだろう。
思いつきでなく実用品であればなおさら。
kissアプローチ(keep it simple, stupid)(もっと簡単にやれ、馬鹿もん!)なんて熟練の賜物かと。

廉価
フリーソフトを自由と訳すというのは正論かもしれないが、無料とも訳せるわけで。

無銘
クレジットがあるから認められるという話もあるけれど、それはギルドやコミュニティー内の話で、いわゆる一般受けするスターということじゃないよ、ってことですよね。

地方
ネットワークに地理的なことを言うのは無意味かもしれないけれど、やっぱりソフトを作るにあたってはそれなりのローカルな事情があったはずだと思う。

伝統
とにもかくにもソフトウエアは過去の伝統の上に成り立っているわけで。

他力
浄土真宗の話ともいえるけれど、まあソフトウエアは広いユーザーベースがないとやっぱり意味がないですよね。

分業
このネット時代に何をか言うまでもないですな。


まー、民藝運動の後ろの方を思うと、オープンソースもなんとなく生暖かいものを感じなくもないんですけどね。

以下余談:

松岡正剛書評より:『民藝四十年』

今は柳宗悦の息子で工業デザイナーの柳宗理が館長をしてます。

工業デザイナーの川崎和男が金沢美術工芸大学にいたとき柳宗理の授業などで随分影響を受けたそうだけれど、タケフナイフビレッジの仕事で「民芸」再生ともとれるようなことをしているのは、何か血のようなものがなせる業であろうか。

雑誌:Mac Power 2003年12月号 p162~

日本のデザイン 日本のアーキテクチャ
坂村健 × 川崎和男 対談

ハッカーと画家 Paul Graham 著も関係あるかしら?

とりとめなく終わり。

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コメント

技術は進歩しても『人間』そのものはほとんど変わらないからね。少なくとも基本OSとハードウエアは初期設定がちょっと違うだけだし。

コーディネーターでもでれば大分違うんでしょうか。(笑)まあ最近はコアはともかく外殻あたりでもはや既製品でないのが出ているようなんで、ほとんどはダメでもなにか良いものが出るかもね>新人類

投稿: リチャード・王 | 2005/02/14 11:19

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